院長 上保 基(かみやす はじめ)インタビュー
- (机の上にペンチなどが置いてある)先生が矯正の装置を作るんですか?
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一部ですが、出来るものがあればやります。
こういう細かい作業、大好きなんですね。
- プラモデル好きとか、歯科の先生は、手先の器用な方が多いですよね。
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器用じゃなかったら、僕が患者さんだったらイヤだなと思っちゃいます。(笑)
口の中の細かい作業をお願いするのに、大雑把じゃ困りますよね。子供の頃から、米粒に絵を描いたり、針金をいじるのが好きでしたからね。
一般社会人と違った興味がありましたね。
1矯正歯科医になったきっかけ/幼少時から~大学まで
- 先生の生い立ちを聞きたいです。何で歯科医師になろうと思ったんですか?
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親父はサラリーマンだったんですけれど「手に職をつけろよ」って小さい頃から言われていました。
それと、もともと生物系が好きなんです。
遺伝のことが好きとか、生き物を飼うことが大好きとか、昆虫が変態するのを見るのが好きとか、顕微鏡で細胞を見ることが好きだったとか。それと、手先も器用だったんです。
さらに、親友の親父が矯正歯科の先生だったんですね。
なので、その先生に私は歯並びも治してもらいました。
- 自分の矯正治療を、友達のお父さんにしてもらった?
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はい、中学生くらいですかね、受け口が気になって自分で「矯正をしたい
」と言って始めました。僕は、もともと歯が少ない(前歯が二本足りない)ので、歯を抜かないでワイヤーで施しました。
ワイヤーで治したりしているのを見て、矯正歯科っていいなと思っていました。歯医者でも、歯を削るのはあまり好きじゃなかったんですね。
もうひとつのキッカケは、大学病院の医局の矯正の先生はおしゃれで格好良くて見えて憧れましたね。
みなさん革靴を履いて、洗練されていて、ネクタイもイケている。(笑)
美的センスがないと、矯正はできません。
最終的な歯の並びのゴールを描くためには、デザインが出来ないといけない。手先が器用、美しいものが好き、デザインが好き、生物が好き、手に職をつけたい、というところで矯正歯科を目指しました。
本当に天職だと思っています。
美しいといえば、見てください、この1964年の東京オリンピックのポスター!
その当時、僕は3歳でマラソンを沿道で見ました。
- 東京オリンピックを3歳のときに見たのを覚えているんですか?
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父親が、ドラム缶で表彰台を作って、缶のフタをメダルにしてリボンかけてもらって僕が表彰台に上って握手するって写真があるんですよ。
- うわーすごい。赤が美しいですね。
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はい、このデザインは素晴らしいですね。
これをデザインしたデザイナーさんは亀倉雄策(かめくらゆうさく:主な作品、グットデザインのロゴ・明治の旧ロゴマーク、NTTのロゴマーク等も彼の作品です)さんっていう人なんですね。
デザインのシンプルさと美しさに心打たれました。ポスターがあまりにもきれいなので、古本屋で「本物でしょうね?」って言ったら「そうです」って。
結構デカくって、どうしようか相当考えました。オリンピックが東京であるというのは、素晴らしいことですよ。
その前に、2019年にラグビーのワールドカップが東京でもありますから(釜石やほかの都市でも開催されます)、チケット取らないと!ですよ。(笑)
- 先生、楽しみがイッパイですね!そういえば、スポーツのマウスピース・マウスガードもこちらで出来るとか・・。
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中・高校のラグビー部の子が、作りに来ますね。
歯を守る機能も大事なんですが、マウスガードをすることで脳しんとうの防止にも役立つのです。
マウスガードを着けているときちんと食いしばれるので脳の揺れが少ないんですよ。
脳のためにも、歯の外傷防止のためにもいいんです。
- 話を戻します、どんな子供時代でした?
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泣き虫。(笑)
幼稚園で一番泣き虫だったそうです。
プールの時間のなると「プールに入りたくない」って、泣いちゃうような子供でした。
- プールが嫌いだった?
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怖がりでしたね。
遠足のときも、母親の顔が見えないと、泣いちゃうメチャクチャ弱い子でした。
それが、小学校の時にラグビーを始めて変わってきました。
- 自分からやるって言って始めたんですか?
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小学生の男の子がやるスポーツは、サッカーとか野球とかいろいろあるのに、なぜかラグビーしかないと思っていたんです。
脚は速かったですね。運動会の徒競走は6年間、一位でした。
小学校にラグビー部があったこともあって始めたですけれど、楽しかったんですね。5年生から始めて、中学高校はラグビーをやっていたことしか覚えていない。(笑)
他の友達と遊んだ記憶があまり無いんですね。歯科医師になると決めたので、高校2年生で受験勉強を始めました。
歯学部しかない、歯医者しかない、と思って。
うちの家系で医療関係は全然いませんでした。僕の受け口の治療をしてくれた矯正歯科医である友達のお父さんの影響は大きいですね。
その方は、僕にとって怖い先生、且つ、人間としてデカい人なんですよ。
遊びに行くと、英語の試験やらされて「この英文を訳してみろ、こんなのもできないのか!」と言われたりしてね。日本歯科大学に入学後もラグビーを続けてやって、キャプテンをやりました。
卒業後も医局に残っていましたから、顧問もやりました。
2.大学卒業後~大学院での研究の日々
- 大学を卒業後、大学院ではどのような勉強をしたのですか?
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大学院では生物系が好きでしたので、やはり動物を使った研究をしました。
ラットの顎関節に負荷をかけることによる軟骨細胞の組織変化をラジオアイソトープというマーカー標示を使って顕微鏡を覗きながら研究し、4年かけて博士論文としました。
- 具体的にはどういったことなのでしょうか??
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顎関節(アゴの関節)の細胞が活性化している時は、ラジオアイソトープ(放射性同位元素)がたくさん細胞に取り込まれるんですね。
ラジオアイソトープを投与すると、何日後かにアゴの細胞の中に取り込まれるんですね。
標本の切片(せっぺん)を作って、取り込まれたことでどう変化したかを顕微鏡で見るんです。
- 大学院を卒業された後は?
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白金の東京大学医科学研究所にお世話になり、電子顕微鏡で大学院卒業後も研究を続けました。
今度はラットではなく、マウスを使って、顎関節軟骨細胞の成長について電子顕微鏡を使わせて頂いて研究を継続しました。
- 普通の顕微鏡(光学顕微鏡)と「電子顕微鏡」ってどう違うんですか?
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「光学顕微鏡」は、何百倍を見るんですけれど、もっと詳しく見たいとなると「電子顕微鏡」で見ないと見えません。
1台が1部屋分の大きさなんですよ。
- そんな大きいですか?
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何千倍という倍率で、今度は「細胞の中」を見るんですよ。
「細胞核」とか「ゴルジ体」とか「ミトコンドリア」とかが見えます。
今度は、ラジオアイソトープをラットに投与したんですよ。
- あれ?「マウス」と「ラット」って違うんですか?
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違うんですよ。
ラットはでっかいドブネズミ、マウスはハツカネズミなので小さい。
ラジオアイソトープがラットでは細胞の中のどこに取り込まれるのか?を見て、取り込まれたラジオアイソトープはどういう風に細胞の中に出てくるのか?という研究をしました。
- ミクロの世界ですね、楽しそうですね!
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「お!ゴルジ体!」とかね。
ゴルジ体の中から出てくるんですよね、軟骨の素がね。研究を継続しながら、大学病院で患者さんを診ていました。
その当時(90年代)にそれまでの銀色の矯正装置の他に、透明な装置が出てきたんですよ。
ブラケット(ワイヤーを通すボタン)が「プラスチック」だったり「セラミック(瀬戸物)」で出来るようになり、大人の矯正が増えてきた。
- それまでの矯正は、大人はやらなかった?
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大人は矯正を希望する方はほとんどいらっしゃいませんでした。
こちらも患者さんも「矯正は子供のためだ」という認識だけしかなかった、9割子供でした。
- 今、かみやす矯正歯科では、どれくらいの割合ですか?
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ここは大人の方もいますけれど、子供もいます。
6:4で子供:大人ですかね。大人の矯正をやると、今まで考えなくていいことが考えなくてはならなくなってきたんですよ。
- どんなことですか?
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歯周病です。
子供で歯槽膿漏(歯周病)なんて子はいないですよ。
でも、大人の8割は、歯周病を持っているんです。その知識や裏づけがないのに「矯正をやってていいのかな?」とだんだん思ってきたのです。
歯が植わっている土台(歯槽骨、歯肉)の状態を治さずに歯を動かすこと、矯正をすることに疑問を持ち始めていました。
「歯周病の勉強をする必要がある」と思ったのです。それと、前からアメリカに行こうと思っていたので「コレでいきたいな」と思ったのです。
大学院卒業して4年目、大学卒業して9年目の1995年に大学病院を退職し、アメリカに行きました。
- それまでは、研究所と病院にいたのですか?
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そうです、両方にいました。
とにかく「このままじゃヤダな、普通の矯正じゃヤダな」と思ったのです。
3.矯正医だけど歯周病の勉強にアメリカへ
ミシガン大学は、自分が思い描いていた芝生の豊かなキレイなキャンパスでしたのでそちらに決めました。
その教授に会ったら「とにかく英語を勉強しろ」と。
「TOEFLを受けて、○○点以上だったらOK」と言われて、それから一年間、神田の英語学校に病院勤務の後に通って、指定されたTOEFLの点数を取って行きました。
時に34歳、結婚していたので、女房と二人で行きました。
「前から英語はやっていたから大丈夫だな」と思っていたのですが、大間違いでした(笑)。
全く通じない、相手にされない、僕のいうことは聞いてない・・・コミュニケーションが出来ないんですよね。
「英語学校に行きなさい」と言われて、授業のないときは英会話教室に行っていました。
他の英語が出来る人たちは、早々と患者さんを受け持ったんです。
その時に外国から来ていたのが、台湾、ベルギー、カナダ、インド、中国の人たち。
日本人は、一番英語が出来ないんですよ。
中国から来ている人は、すごく頭が良いですから、しゃべれちゃう。
半年間勉強して、やっと患者さんを持たせてもらいました。
1年経って、息子も生まれて、英語も分かるようになってきて、やっと慣れてきました。
すごい勉強させられて、座りっぱなしでお尻が擦れてしまいました。
日本からドーナツ枕を取り寄せ、それを敷いて勉強しました。(笑)
休みの日も英語の文献読まなくちゃならないし、授業も厳しく、発表する機会も多く勉強し続けました。
それがあったからこそ、今があるのですけれどね。
おかげさまで現在、外人の患者さんもたくさん来院しています。
- だから、ホームページの案内に英語のグーグルマップがあるわけですね。
- はい。(笑)
- 何でアメリカに行ったのか?何で歯周病の勉強をしに行ったのか?が良く分かりました。
ということは、英語圏の患者さんが来ても大丈夫ですか? -
一応コミュニケーションは取れるかなというところですね。
欧米の方は、矯正に対しての意識は高いですからね。歯周病と矯正のこと、両方分かっています。
歯周病にかかっている患者さんの矯正治療が可能です。
だから「シニアの矯正をやりたい!」というのがあるんです。けれども「歯周病だけど矯正をやりたい」って人は、直接は、来ません。
- 「直接は来ない」ということは、「間接的には来る」ということでしょうか?
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「歯周病を治せば矯正治療が出来る」ということを知っている先生からご紹介いただきます。
残念ながら、一般歯科の先生には「歯周病を治せば、矯正治療が出来る」ということがまだまだ知られていないのが現状です。
そうすると、抜いちゃってインプラントか?入れ歯か?ということになってしまうのですね。
マウスピース型カスタムメイド矯正装置(※)(透明なマウスピースでの矯正)で中高年~シニアの矯正をやっていきたいというのが理想です。
悩みとしては、一般の歯医者さんと患者さんにどうやって知ってもらうか?広めていくか?ということ。
歯科医師の勉強会等で広めるなどしているのですが・・。
- 勉強会といえば、お子さんの矯正のインタビューに応えていただいたお母さんが、矯正は呼吸の「質」を左右すると・・「口呼吸」のこと「気道」のことについて話してくれていましたよね。
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そうなんですね、伝わっていて嬉しいです。
そんなこと、あまり言われていないんです、矯正歯科の中で。
なんか、矯正歯科医なのにチョットかわってるんです、切り口が。(笑)
- 歯並びだけじゃなくて、他の身体の部位も診てもらえるということですよね。
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そうですね。
矯正歯科が、「呼吸」という生きていく上で不可欠な行為と密接な関係があるということを、もっともっと多くの人に知ってもらいたいです
4.開業してから~プライベートの話
- 帰国後の話をお聞かせください。
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2年間のアメリカ留学後、かみやす矯正歯科を開業しました。
開業と並行して、もともとラグビーをやっていた縁で、上石神井のラグビースクールのコーチもやっていました。最初は息子も一緒にラグビーをやっていたんだけど、しばらくしたら辞めちゃったんです。
息子も自分と同じ小学校に通い、5年生になったので「お前、ラグビーやるのか?どうするんだ?」っていったら「やだ」って。(笑)息子は、太鼓部に入りました。
僕は、日曜に上石神井でコーチしながら、マウスガードの製作も頼まれるので(笑)歯形取ったりマウスガードを作ったりもしました。
息子が中学になった時「やっぱりラグビーやりたい・・」って言い始めて、ラグビー部に入ったのです。僕が着ていたのと同じジャージを着たのを見て、ウルウルってきちゃいましたね。
試合とか、絶対に見に行っていましたしね。
- ・・・いい話ですね。息子さんは今おいくつですか?
- 21ですね。
- 先生は、ラグビーを続けているんですか?
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やっていません、飲み会だけです(笑)。
手を骨折しちゃうと、仕事柄まずいんで。ドクターズ・ラグビーの大会もあるんですよ。
おじいちゃんやおじちゃんが、毎年5月に熊谷でやっています。
楽しいですよ、観戦しに行ったんですけれど、すごく楽しかったですね。
- ラグビー以外に、お休みになさっていることありますか?
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生き物を飼っていますよ。
海水魚とか飼っていますよ。
- 海水魚って、手入れが大変ですよね。
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難しいですよ。
何回も失敗しました、今は安定していますけれどね。生き物が大好きです。
心が洗われます。
休みの日は、水槽の水を変えたり掃除したり、そういうのが楽しいんです、ぜんぜん苦じゃないです。前は、クワガタの繁殖もしていたんですよ。
卵を産ませて、子供のお友達に上げたりしていましたね。
日本産のクワガタもやっていましたし、オーストラリア産の大きいやつもやっていました。
5.印象に残っている患者さん
- 印象に残っている患者さんはいらっしゃいますか?
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そうですね・・僕としては、小学生の男の子なんですけれど。
出っ歯さんとデコボコさんだったのですが、アゴが極端に引っ込んでいる状態だったんですね。その子はラグビースクールの生徒さんだったんです。
とても難しい症例で、下アゴの好ましい成長が疑わしい患者さんでした。
しかし、治療途中からこちらの予想に反して、みるみるアゴが大きくなってきたのです。
一次の矯正だけでよくなって、アゴのバランス、歯並びとも良くなり、とても綺麗になって、カッコいい青年になりつつある。
こちらが思っている以上に良くなることと、喜びを感じました。本人、親御さんも喜んでくれましたし、口呼吸だったのが鼻呼吸になって、息がしやすくなったって喜んでくれました。
アゴが前に出ることによって気道が広くなるんですね。
今でもラグビーをやっているということで、余計うれしいですね。
矯正をすることで気道が確保されるという事、理解して矯正を進めている患者さんもいました。
あとは、モデルさんですね。
すごくスタイルの良い方で「口元を治したい」といらした方がいました。
歯を抜いて裏側矯正をしたら、もう、ギリシャ彫刻のようにキレイになったんですよね。「Eライン(エステティックライン※1)」というのがあるんですけれど、女優さんの横顔って、みんなこのEラインが美しいですね。
口元がとてもきれいになりました。(※1)鼻の頭とあごの先を結んだ線のやや内側に、唇が入る横顔が理想的といわれています。女優さんの横顔を見るとわかります。
- なるほど、確かに美的センスがないと矯正はできませんね。
では、こんな医院にしていきたいなというビジョンをお聞かせください。 -
楽しい医院でありたいですね。
遊ぶとかいうことじゃなくて、スタッフとも僕とも楽しくコミュニケーションを取れるような。
ここにくるのが楽しみだっていう子が結構いるんですよ。
- 先生とのお話が楽しい?
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「最近、何やってるの?」みないな話をしながら矯正をするので楽しいみたいです。
大人でも、子供でも、おじいちゃんでも、おばあちゃんでも、マウスピース型カスタムメイド矯正装置(※)でやっていきたいですよね。
お年を召して隙っ歯になっちゃた人、もう針金でやるの、イヤじゃないですか。→シニアの矯正
矯正すること自体の負担を少なくして治してあげたいです。ちなみに僕自身もマウスピース型カスタムメイド矯正装置(※)、やったんですよ。
(薄いプラスチックなので、ほとんどわからないと思いますが)
ですので、何でも聞いて下さい。(笑)
- マウスピース型カスタムメイド矯正装置(※)だと、ハードルがぜいぶん低くなりますよね。
先生ご自身が経験を積まれてきたワイヤーの矯正、プラス、新しいものでやろう!という心意気がカッコいいなと思います。 -
意欲は、あります。
新しいものはいっぱい取り入れます、失敗しますけれどね。
好きなんでしょうね、仕事がね。
朝起きて「ああ、今日の仕事イヤだな」ということはないですよ。
「あ、今日のあの患者さんが来るな」とは思って、むしろワクワクします。
6.歯並びについて悩んでいる方にメッセージ
- では最後に、歯並びについて悩んでいる人にメッセージをお願いします。
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歯並びを治すと、知らぬうちに、自分に自信ができます。
たくさん歯を見せて笑えるし、歯を出してしゃべれます。
歯並びについて気にしていると「見られちゃ困る」と無意識に思っちゃうんですね。
お友達は気付いてなくても「なんか変だなって思われている?」と思っちゃうんですね。自分の振る舞いがマイナスに変わると損しちゃうので、プラスにしていく、それが矯正治療です。
健康のためだけでなく、精神的にも社会的にもいいですよね。
歯並びがキレイになっているというのは、就職試験にもいいですよね。
- 4年も5年も掛かるんじゃなくて、2年くらいで終わると分かれば、人生の節目節目のイベントに向けて頑張れますよね。
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自分の人生に投資してください、その後ラクだし、キレイになりますし。
ましてや、マウスピースは見えないし、取り外しできるし、虫歯になりにくいし。
矯正は、精神的なプラスに寄与するな、と経験上感じています。
【インタビュー】2017/7/7
(※インビザライン:完成物薬機法対象外の矯正装置であり、医薬品副作用被害救済措置の対象外になることがあります)